疲れていたら 無理しなくていいよ

植物の成長が早い つい2、3日前は刈られたばかりの頭みたいだったのにもうこんなにはえてる

知らない間に根が伸びてるような野菜と違って こんな風に近くで育ててしまうとなんだか食べるのが心苦しくなる

モギーが「食べられるとは知らずにすくすく伸びてるなー」というもんだから。

こーいうことを考え始めると 生きることは命をいただくことの 罪深さを感じる。 もう何も食べなければ善人なのか すなわちそれは 死を迎えよということなのか

いやそもそも 命をいただくことは 罪ではないんだけど 人間は成長過程の中で 道徳心とか 社会性とか そういう 本能や構造上仕方ないことと別のところの考え方とかを教わっちゃうもんだから そういうものが しばしば 生きづらさを生む

物心つくと いろんなことを教わる

お友達には優しくしましょう お年寄りには席を譲ってあげましょう 困っている人が居たら助けてあげましょう そういうのってなんか、現実と適応していない 理想論だけが蔓延していやしないか?と。

自分のことよりまず先に 周りを大事にしよう みたいなのが いいことみたくなっちゃってるけど それって本当にそうなのかな?

 

そもそも まず人のことまで気にかけるような心持になるためには 自分がちょうどいいバランスで居られないとならない

すーごい体調悪かったりしたら いくら目の前にお年寄りいたって電車の席譲ってあげられないでしょう

すーごいお腹がすいていたら 人に食べ物分けてあげられないでしょう

そして 東京の人は冷たいって 一般的に言われているのかもしれないけど そもそも生活している状況が 例えば東京と 私の住んでいた街とでは 全然違っていて 他人のことを思いやれるほど穏やかな日々ではないと思う。(普通の会社勤めとかの人は特に)

自分の心に余裕がないくらい 通勤では混雑してたり せかされる日々だったり お昼もたいていのお店は並ぶし

だから ねぇ 冷たくしたらだめとか 人にやさしくとか そういうのをとっぱらって

まず みんな 自分を 大切にすること 自分にやさしくすることを 考えたらいいんじゃないかなーと。そうして 心のエネルギーが十分であれば おのずと人にも優しくしてもいっかなっていう余裕もできると思うし そうじゃないときは 無理して周りのことをきにかけないで 自分の体と心を 気にかけたらいいんじゃないのかな と 思います。

Posted by Mika